音楽トリビア26の秘密 秘密(22)シューベルト「未完成交響曲」

なぜか2楽章で曲作り“ストップ”

 ピアノで右手の高速連打から始まり、左手が不気味な旋(せん)律(りつ)を奏(かな)でる「魔王(まおう)」という歌曲(かきょく)、私(わたし)は中学校で初めて聴(き)いたときの衝撃(しょうげき)を忘(わす)れられません。それまでに聴いてきた音楽と全く違(ちが)う、救(すく)いようのない世界を描(えが)いた詩と曲に大変興味(きょうみ)を持ちました。

 詩を書いたのは、文豪(ぶんごう)ゲーテ(1749~1832年)。ですが、「エグモント」のような苦難(くなん)に打ち勝つお話ではありません。まるで「悪夢(あくむ)」のようなお話です。この詩に雷(かみなり)に打たれたように感動し曲を付けたのが、18歳(さい)のシューベルト(1797~1828年)。あっという間に書き上げ、学んでいた学校で初演(しょえん)したとき、ほとんど理解(りかい)されなかったといいます。今日(こんにち)では音楽の教科書にも載(の)っている超(ちょう)有名曲。一度は聴いたことがあると思いますが、どうでしたか。

魔王のやりきれぬ世界描く

 彼(かれ)は、この何ともやりきれない世界を、有名な「未完成(みかんせい)交響曲」で描いています。では、なぜこのネクラな曲が多くの人々に愛されているのでしょう。人が不安や恐(おそ)れ、怒(いか)りや悲しみといった感情(かんじょう)に襲(おそ)われたとき、この曲は寄(よ)り添(そ)い、いたわってくれると思うからです。子を亡(な)くした父親の苦しさ、楽しかったわが子との思い出を、美しくもはかなく描(えが)いているように思うのです。このような曲は、「魔王」以外、彼の他の作品はおろか、誰(だれ)の作品にもなかったと思います。

ベートーベンと真逆の曲調

 少年のころから高度な音楽教育を受け、才能(さいのう)にも恵(めぐ)まれ、次から次へと作品を書いていた彼。当然、眼前(がんぜん)にそびえているのは27歳年上の巨匠(きょしょう)ベートーベン(1770~1827年)。尊敬(そんけい)というよりは畏怖(いふ)の念を抱(いだ)いていたようです。だからベートーベンの作風を継(つ)ぐ気持ちには、なれなかったのでしょう。黄金色に輝(かがや)く勝利や、英雄的要素(えいゆうてきようそ)などはなく、曲調は真逆(まぎゃく)。重苦しいネガティブ(否定(ひてい)的)な感情(かんじょう)を、あって当たり前と「達観(たっかん)」しているように感じます。

初演されたのは没後37年目

 この作品、初演は1865年。何と書かれてから43年後、没後(ぼつご)37年目です。

 彼は25歳のときに、とある音楽協会が名(めい)誉(よ)会員に推薦(すいせん)してくれたお礼に、第2楽(がく)章(しょう)まで完成させたこの曲を贈呈(ぞうてい)しました。念願だった「魔王」の公開初演と楽譜(がくふ)出版(しゅっぱん)がかない、好評(こうひょう)を博す中で書いたようです。贈(おく)られた方は、どんな事情があったのか分かりませんが、書棚(しょだな)にしまい込(こ)んだのです。送ったシューベルトの方は、第3楽章を少しは書きましたが、なぜか完成には至(いた)らず放置。ところが、彼はわずか31歳の若(わか)さで病死してしまいます。

 彼の真価(しんか)が認(みと)められたのは、亡(な)くなった後。じわじわと彼の作品への尊敬(そんけい)の念が高まり、残された楽譜(がくふ)が捜(さが)され始めたのです。非常(ひじょう)に大量の未発表、未出版(しゅっぱん)の作品が発見されたといいます。現在「未完成交響曲」といわれる2楽章分の楽譜が発見されたとき、既(すで)に彼は大変有名になっていました。だから第2楽章までの未完成作品なのに初演され、そのままニックネームとなったようです。今ではベートーベンの交響曲「運命」と並(なら)び称(しょう)されるほどに。何が幸いするのか、分かりませんね。

(プラバホール芸術監督(げいじゅつかんとく)・長岡愼(ながおかしん)

2021年1月20日 無断転載禁止

こども新聞