音楽トリビア26の秘密 秘密(20)ベートーベン(下)

オーケストラと合唱団(がっしょうだん)によるベートーベン交響曲第9番の演奏風景=2016年12月、松江(まつえ)市殿町(とのまち)の島根県民会館
第九 大ヒットした“もう一つの交響曲”

 ベートーベン(1770~1827年)の作品に、今はほとんど演奏(えんそう)されない「ウェリントンの勝利(戦争交響曲(せんそうこうきょうきょく))作品91」があります。第7交響曲作品92、第8交響曲作品93と同じころの1813年に発表されましたが、両交響曲など足元に及(およ)ばない、大変な人気を獲得(かくとく)したと伝えられています。

 曲は、当時のスペインにおけるビトリアの戦いで、ウェリントン侯爵(こうしゃく)が率(ひき)いるイギリス軍が、フランス軍に勝利したことを描写(びょうしゃ)したものです。

 前半では、進軍ラッパや、大砲(たいほう)や小銃(しょうじゅう)の発砲音(はっぽうおん)が左右から聞こえてくるし、当時誰(だれ)もが連想できたイギリスやフランスを表す音楽で、両軍の戦いぶりを描(えが)いています。ウェリントン候の勝利を讃(たた)える後半部分では、イギリス国歌やら、何と「エグモント」の勝利の音楽まで出てきます。分かりやすく、迫力満点(はくりょくまんてん)なので、聴衆(ちょうしゅう)を熱狂(ねっきょう)の渦(うず)に巻(ま)き込(こ)んだようです。

 この曲の発表後、ベートーベンは、深刻(しんこく)なスランプに陥(おちい)ります。心血を注いだ第7、第8交響曲より、主に収(しゅう)入(にゅう)を目当てに書いた万人(ばんにん)向けの「戦争交響曲」の大ヒットが、その原因(げんいん)の一つといわれています。

 9年後の1822年、ようやく「歓喜(かんき)の歌」がある第9交響曲作品125を書き始めたベートーベン。最初は合唱を用いる構想(こうそう)などなく、従来(じゅうらい)のオーケストラ演奏(えんそう)による交響曲として書き進めていました。しかし、突然(とつぜん)、若(わか)いころから温めていたシラーの詩による合唱曲を第4楽(がく)章(しょう)に、という構想が天から降(ふ)ってきたといいます。ですが、万人受けする歌いやすい旋律(せんりつ)で自由に構成するのが、きちんとした第1、2、3楽章とは相いれないのです。そこで取ったベートーベンの驚(おどろ)くべき手法が前(ぜん)代(だい)未(み)聞(もん)。前の各楽章を否定(ひてい)したのです。

QRコード
 開始は「怒(いか)りのファンファーレ」と彼自(かれみずか)らが名付けた強烈(きょうれつ)な音楽です。次いでチェロとコントラバスで、厳(おごそ)かに「否定」の旋律を歌わせます。やがて、第1、2、3楽章の断片(だんぺん)それぞれが、次第に軟化(なんか)する「否定」の旋律に挟(はさ)まれます。何と彼は「否定」の旋律の「下書き」に「歌詞(かし)」を記しているのです。それが「歓喜(かんき)」の歌までの道筋(みちすじ)を示(しめ)していると思うので、右のQRコードで見聞きできるようにしました。

歓喜の歌に込めた願い

 完成した今の第4楽章冒頭(ぼうとう)では歌手には歌わせず、オーケストラのみの演奏で道筋を語らせ、大変ドラマチックに仕上げました。再度(さいど)「怒りのファンファーレ」が導(みちび)きだされると、男性(だんせい)歌手がすくっと立ち「否定」の旋律を朗々(ろうろう)と歌い上げます。その歌詞が「おお友よ、このような響(ひび)きではない! もっと喜(よろこ)びに満ちた楽しい調べを歌おうではないか」です。この彼自作の歌詞で「歓喜の歌」こそが「私(わたし)の音楽だ!」と宣言(せんげん)しているのです。

 この曲、わが国では「第九(だいく)」と呼(よ)ばれ、年末の風物詩として親しまれています。島根では、鑑賞(かんしょう)するだけではなく演奏や合唱に参加できる公演が、30年近く続いています。写真右端(はし)に見えるように、小学生も参加できるのです。

 実は私、この公演を1992年の初回から連続10回指揮(しき)しました。これに出演する友達などに勧(すす)められた方が、生まれて初めてコンサートに行ってみると「第九」という最高峰(さいこうほう)。さすが万人を魅了(みりょう)する名曲。「みんなで一つになった迫力(はくりょく)がすごかった」などと初めての方にも喜ばれました。

 今年は新型(しんがた)コロナ禍(か)で、各地の公演は激減(げきげん)しているようです。「時の流れが激(はげ)しく隔(へだ)てていたものを、再(ふたた)び結びつける」と歌詞にあるように、第九がまた頻繁(ひんぱん)に行われるようになるといいですね。

(プラバホール芸術監督(げいじゅつかんとく)・長岡愼(ながおかしん))

2020年12月23日 無断転載禁止

こども新聞