音楽トリビア26の秘密 秘密(19)ベートーベン(上)

音楽を「徳」高める芸術と考え

 ベートーベンは1770年、ドイツのボンという町に生まれました。今年2020年はそれから250年の記念の年、ベートーベンイヤーと呼(よ)ばれているので、今回と次回は彼(かれ)のお話をします。

耳の病に死を考えたことも

 彼については「偉人伝(いじんでん)」などがたくさん出ていますので、読んだことがある人も多いと思います。そこには、1802年ごろ、音楽家として致命的(ちめいてき)な病気、耳が聞こえにくくなってしまったので、一時は自ら命を絶(た)とうと考えたと書かれていると思います。実はその時の心境(しんきょう)をつづったといわれる曲があるのです。

 「過酷(かこく)な運命! だが、自分の中には発表するべき音楽がたくさんある。それらをすべて成し遂(と)げるのが自分の使命ではないか」と、障害(しょうがい)を背(せ)負(お)ってもなお、自分の道を進むべきだ! と決意したのです。

 「コリオラン」序曲(じょきょく)作品62がその曲。07年に書かれました。9分足らずの演奏会(えんそうかい)用序曲ですが、くじけそうになった時に聴(き)くと勇気が湧(わ)くと思います。そのころのベートーベンの作った音楽は、とても格調(かくちょう)高いのです。なぜならば、彼にとって音楽は、ただの娯楽(ごらく)ではない。芸術(げいじゅつ)として、人々の「徳(とく)」を高める役割(やくわり)があると考えていたからです。

困難にめげず次々名曲

 その後も、その考えをもとに「運命」と呼ばれる交響曲(こうきょうきょく)第5番、ついで第6番「田園」も書き、ピアノ協奏曲(きょうそうきょく)第5番「皇帝(こうてい)」もものにし、大作曲家の地位を固めました。難聴(なんちょう)という困難(こんなん)にもめげず、しかも成功(せいこう)し続けたのです。

 さらになんと、この成功体験を音楽にしているのです。09年に書かれた「エグモント」序曲作品84です。

傑作の「エグモント」序曲

 文豪(ぶんごう)ゲーテ(1749~1832年)の悲劇(ひげき)「エグモント」の上演(じょうえん)用に作られた音楽です。劇は、スペインの圧政(あっせい)に苦しむオランダ独(どく)立(りつ)運動に取材したもので、非業(ひごう)の死をとげる実(じつ)在(ざい)の人物エグモントの悲劇を描(えが)いています。このゲーテの原作を読んで大変共感していたベートーベンは、劇の音楽を依頼(いらい)されると、非常(ひじょう)に短期間で書き上げ、初演に間に合わせたといいます。その中の序曲が、劇を象徴(しょうちょう)し、短くまとまっているので、単独(たんどく)でよく演奏されます。

 圧政に反抗(はんこう)して立ち上がった民(たみ)の勝利を讃(たた)える、迫力(はくりょく)と荘厳(そうごん)さに満ち、きわめて熱情的(ねつじょうてき)な傑作(けっさく)です。ベートーベン音楽の特徴(とくちょう)の一つ「苦悩(くのう)に打ち勝ち歓喜(かんき)に至(いた)る」がとても分かりやすく表れています。

「エグモント序曲」の演奏がこちらで視聴(しちょう)できます(広島交響楽団提供(ていきょう))
 約9分の曲ですが、7分半経(た)った辺(あた)りからの「歓喜」に至る音楽はとても感動的です。何度も演奏し、聴いたこともありますが、私(わたし)はその瞬間(しゅんかん)、舞台(ぶたい)が黄金色(こがねいろ)に輝(かがや)くように感じたことが1度や2度ではありませんし、それが私だけではないのは、もちろんです。

 来(きた)るべき明るく力強い未来を象徴するようなこの曲、聴いてみませんか。きっと元気が出ますよ。

(プラバホール芸術監督(げいじゅつかんとく)・長岡愼(ながおかしん))

2020年12月9日 無断転載禁止

こども新聞