日本シリーズ心待ちにする焼鳥店主 柳田、和田両選手との縁

日本シリーズで柳田悠岐選手と和田毅投手の活躍を期待する新田紘平さん
 広商野球と浜田での出会いを心の支えにしてきた浜田市内で焼鳥店を営む男性が、21日開幕のプロ野球日本シリーズを心待ちにしている。「やきとり紘」店長、新田紘平さん(34)だ。ソフトバンクの柳田悠岐選手は高校野球の名門・広島商高(広島市)の2学年下の後輩。和田毅投手(浜田高出身)は義父の教え子。新型コロナウイルスで店の経営は楽観できない中、両選手の姿を励みに今日も焼き場に立つ。

 新田さんは広島県三原市出身の元高校球児。サブマネジャーとして裏方でチームを支え、3年生だった2004年、広島商高は16年ぶりに全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)に出場した。

 「プロになる選手には見えなかった」と振り返るのが、ソフトバンクの中軸を担う柳田選手。今や「ギータ」の愛称で、球界を代表する強打者となったが、高校入学時は背が高い、手足が長いと思ったぐらいで、不安になるほど体の線が細かった。新田さんは下級生の指導を受け持つサブマネジャーとして接した柳田選手の性格はおとなしかったという。

 新田さんの同級生には、エースで4番を務め、後に広島東洋カープで活躍する岩本貴裕選手(現・広島のスコアラー)がいた。こちらの印象が強烈だった。

 来る日も来る日も朝、昼、夕のティーバッティングやランニングに付き合い「すごい才能の持ち主があれだけ練習する。そういう人がプロになるんだと思った」と振り返る。

 柳田選手の飛躍は予見できなかったが、「岩本選手のストイックな姿勢や広商の環境は影響したはず」と確信する。当時、チームを率いた名将・迫田守昭監督(75)の方針で「練習中は水を飲むな」というような前時代的な決まりが排除された。変化するチームの伸び伸びした雰囲気が体の成長とともに才能を開花させ、今のフルスイングにつながったとみる。

 新田さんは卒業後、浜田市内の専門学校に進み、今の焼鳥店の物件に巡り合い開業。8年前に結婚した。

 義父は浜田高や大社高を率い数々の甲子園出場を果たした新田均さん(63)。和田投手は新田さんの教え子で、浜田高時代、1997、98年の夏の甲子園でマウンドに立った。

 和田投手に関しては、根がカープファンということもあり、関心がなかった。義父と出会ったころの野球談議は今でも少し恥ずかしい。「すごい監督だよ」と周囲に聞かされた義父はもとより、教え子の和田投手も、浜田高OBで元楽天監督の梨田昌孝さん(67)もよく知らなかったと笑う。

 12年前に焼き場に立ち、常連客に経営やおいしい焼き方のアドバイスをもらいながら支えられ、3児の父にもなった。第二の故郷浜田への愛着から、今は熱心に和田投手を見守る。

 コロナ禍やチェーン店の進出で経営の不安はいつもつきまとう。それでも広商野球の教訓が心を安定させてくれるという。

 「サブマネジャーのために甲子園に行きたいと言ってくれた仲間もいた。才能がなくても頑張っていれば誰かが見ていてくれる」

 35席の店内には、スポーツ居酒屋を意識して4台のテレビがある。肉を焼きながら、才能を努力で磨き続ける両選手の躍動が、テレビ音声で伝わってくるのを待ち望む。

2020年11月21日 無断転載禁止