世事抄録 延期された古希の集まり

 いつの間にか「復興」の文字が消えた東京オリパラ。米メディアに翻弄(ほんろう)され、新型コロナで延期になった。今、五輪の目的や運営を見直す機会ではなかろうか。

 さて前回の五輪は中学1年。国が沸き世界を身近に感じ、世界の中の日本を知る瞬間だった。強い米ソ、華麗な欧州、第三世界の意外性、礼儀の日本。その後、ビートルズが、サルトルが来日し、やがて世界はベトナム反戦と不均等発展に象徴された。東京は経済成長とは別に輝いて映った。だが輝いていたのは場所ではなく、固定観念や既成概念を破ろうとする時代そのものだった。そんな日々に終止符を打ち、田舎で職に就く、地元でお見合いすると友が去り、その都度『なごり雪』で見送り、時は流れた。今年はそんな友との古希の集まりだった。

 新型コロナウイルスでいろんなことが中止になり、当社も仕事の大半を失った。ところが危機が幸いし、変わらなければならないことに気が付いた。働き方を変え、新規の仕組みを創り、社会との関わりを見直した。その一つが首都圏と島根をつなぐことだ。仲間との打ち合わせに考えを改め、シナリオを書き直す。燃えていますねと年若い仲間は言う。私や関わりが変わることをわらじでも編むように重ねているだけだ。そこには従来の正解とか、本流という考えはない。延期になった古希。友とこの先を語るまでのいい猶予になった。

(埼玉県在住、島根県奥出雲町出身・鬼灯)

2020年10月15日 無断転載禁止