平和の価値

 「あと5年しか残されてない」。太平洋戦争中の山陰両県の実相について証言を集めている米子市在住の中学校教員、大原歳之さん(54)は戦争体験の風化に追い立てられながら、記録づくりに取り組んでいる。体験者の高齢化が進み、生の証言を集める期間が残り少ないからこそ、冒頭の言葉が出てくる▼「当時の大人からはもう話が聞けなくなった。身近な所で何が起きていたか、その頃の子どもや少年兵の記憶をたどっていくしかない」。郷土史愛好家らでつくっている伯耆文化研究会のメンバーでもあり、証言の収集を始めたのは2年前。これまで50人以上から話を聴いた▼山陰の戦争被害についてはあまり知られていないが、終戦間際になって米軍機による空襲に見舞われた。1945年7月28日は、今の境港市にあった旧海軍美保航空基地を中心に島根県東部から鳥取県西部にかけ、民間人を巻き込んで100人以上が犠牲となった▼「当時の美保基地には、本土決戦に備えて国内の残存航空兵力が集められていた。米軍もそこを狙ったのでは」。日本上陸を前に、日本海側の後方基地を破壊しておこうとする米軍の緻密な作戦がうかがえる▼島根半島や美保湾沖には、旧海軍機が沈んでいる可能性があるという。「戦争を知らずに平和を語れない」と大原さん。地域の戦禍を語り継ぐことで平和の価値が更新される。戦後75年の更新日が近い。(前)

2020年8月13日 無断転載禁止