音楽トリビア26の秘密 秘密(10)ピアノ

チェンバロの弱点を克服する楽器として登場し、時代とともに弦の張力を増やし音域も広がっていったピアノ=松江市西津田6丁目、プラバホール
発達、音域拡大にベートーベンが一役 

 なんとベートーベン(1770~1827年)は、生涯(しょうがい)に一度もピアノを買ったことがありません。「これは良いピアノである」とベートーベンに言ってほしくて、ピアノ製作(せいさく)会社はこぞって新製品を届(とど)けたからです。

 ピアノは、チェンバロの弱点を克服(こくふく)しようと、まず音の強弱が付けやすい楽器を、と工夫をしたものが始まりです。楽器の名前も「チェンバロでピアノ(弱音)もフォルテ(強音)も出る」ものと名付けられたんです。それが略(りゃく)されて「ピアノ」になりました。

広がっていったピアノの音域
今とは違ちがった初期の音

 18世紀(せいき)初めごろの作られた当時は、チェンバロの弦(げん)を小さな軽い槌(つち)(ハンマー)でたたけるように改造(かいぞう)しただけなので、今のピアノとはずいぶん違(ちが)うチェンバロに近い音だったようです。

 そのせいか、18世紀の前半に活躍(かつやく)していた「音楽の父」と呼(よ)ばれるバッハ(1685~1750年)は、あまり関心を示(しめ)さなかったようです。

 ハイドン(1732~1809年)やモーツァルト(1756~91年)が活躍する18世紀も終わりに近づこうとするころ、やっと改造(かいぞう)に弾(はず)みがつき始めました。音域(おんいき)も、できたころはオクターブ(ドレミファソラシドの8音)が四つと5音(54鍵(けん))だったのが、5オクターブ(61鍵)へと、どんどん広がっていきます。

 モーツァルト亡(な)き後の1792年、音楽の都ウィーンでデビューを飾(かざ)ったのが、当時まだ21歳(さい)のベートーベン。即興演奏(そっきょうえんそう)を競う催(もよお)しで、連戦連勝。たちまち人気ピアニストとなり、ちょうどピアノの発達に沿(そ)うように活躍していきます。

 新たな製造(せいぞう)技術(ぎじゅつ)により、弦の張力(ちょうりょく)を増(ふ)やし、音域はもはや6オクターブ半に達するものもありました。音の張(は)りと大きさや余韻(よいん)も増(ふ)やしました。鍵盤(けんばん)の繊細(せんさい)なタッチにハンマーが反(はん)応(のう)し、優美(ゆうび)な弱音も出せるようになりました。

新製品使って新曲作り

 低音と高音、弱音と強音の対照(たいしょう)がより明確(めいかく)になるなど、難(むずか)しい問題が解決(かいけつ)されるたびに、ベートーベンには新しいピアノが届けられたのでした。

 するとベートーベンは、その新しいピアノで演奏できる音域をぎりぎり使って曲を作ったのです。1、2楽章(がくしょう)は高い音域が増えたピアノで、3、4楽章を書いているときは低い音域が増えているピアノだったこともありました。

 だからもしその当時、その曲をすぐに演奏をしようと思ったら、2台のピアノが必要だったのです。

 現代(げんだい)のピアノの標準的(ひょうじゅんてき)なタイプは、7オクターブ+3音で、図の通り88鍵です。

 (プラバホール芸術監督(げいじゅつかんとく)・長岡愼(ながおかしん))

2020年8月5日 無断転載禁止

こども新聞