竹島問題と「反日種族主義」/根拠にならない「太政官指令」

日本安全保障戦略研究所研究員 藤井 賢二

 昨年韓国で出版された李(イ)栄薫(ヨンフン)氏の『反日種族主義』が反響を呼んだが、竹島(韓国名独島(トクト))問題については新著『反日種族主義との闘争』がさらに踏み込んでいる。とりわけ「太政官指令」についての指摘が注目される。

 「太政官指令」とは、地籍(土地台帳)調査が進む中で、1877年に明治政府の最高行政機関・太政官が、内務省に対して「竹島ほか一島のことは本邦と関係がないものと心得よ」とした指令文である。

 「竹島」は鬱陵島で「ほか一島」は竹島だから「日本政府が竹島を日本の領土ではないと判断した」という論者は多い。さらに「竹島は朝鮮領となった」と飛躍する主張さえある。

 一昨年開催された、韓国・東北アジア歴史財団主催の学術会議では、17世紀末の江戸幕府による鬱陵島渡海禁止と「太政官指令」によって、竹島を朝鮮領と定めた「朝日国境条約体制」が成立した。1905年の島根県編入やサンフランシスコ平和条約も「太政官指令」によって根拠にならない。日本の主張はすべて覆るという報告があった。

 これに対して李栄薫氏は今回、次のように述べている。

 「朝鮮王朝は独島の客観的存在を知りえませんでした。それに対する支配体制を成立させたこともありません」「太政官文書は、この後いつか朝鮮王朝が独島を領有していないことを日本の官民が認知する時、日本政府の独島に関する立場が変わる可能性を排斥しません」「太政官文書は朝鮮王朝に手渡された外交文書でもなければ、日本政府を拘束する最終的決定でもありません。二つの島の名称と位置に関する混乱の中で下した経過的決定に過ぎません」

 朝鮮政府が竹島を領有していないことを知った日本政府が「太政官指令」の立場を変えることはあり得る。そもそも「太政官指令」は外交文書ではなく、竹島の帰属についての最終決定でもない。「太政官指令」に日本政府は拘束されない。このような主張である。

 「ほか一島」は竹島と確定したわけではない。しかし「韓国政府がそのような文書に根拠して国際社会を説得することはできません。むしろ笑いぐさになるだけです」という指摘が、日本ではなく韓国で行われた意義は大きい。

 以前、ある学会で竹島問題の報告をした時、「あなたの研究は意味がない。『太政官指令』で竹島は朝鮮領になったからだ」と私に言った日本人大学名誉教授がいた。

 「日本の領土でなくなったとしても、それで朝鮮領になったわけではない」と私が答えて論争になったのだが、それを見ていた韓国人が、後で私に「日本にはあなたのような人はどれくらいいますか」と声を掛けてきた。

 おそらく、竹島を日本領と主張する日本人が珍しかったのだろう。韓国の不法占拠が長引いて竹島問題に関心が薄れ、相手が嫌がることを嫌う日本人は竹島を話題にすることすら遠慮してきた。「太政官指令」を根拠に1905年の編入を侵略とし、不法占拠の被害者の日本を加害者と決めつける本さえある。韓国の動きがどうであれ、このような日本を変えるのは日本人の仕事なのである。

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 ふじい・けんじ 島根県竹島問題研究顧問。島根県吉賀町出身。近著に「竹島漁労と1970年代の竹島問題」(第4期島根県竹島問題研究会最終報告書)がある。

2020年6月28日 無断転載禁止