世事抄録 伝えなかった思い

 新型コロナウイルスの自粛期間は、有意義な映画鑑賞と読書の機会でもあった。映画では黒木和雄監督「紙屋悦子の青春」、読書では「横田町誌」(1968年)が筆頭だ。

 「紙屋悦子の青春」。戦争末期の鹿児島、特攻隊員と友人の整備士、悦子の3人それぞれの口にできぬ懸想の話だ。悦子からの思いを知りつつも特攻隊員の定めを悟る彼は、生き残る整備士を結婚相手に薦める。特攻隊員の思いに整備士を受け入れる悦子、それさえも分かって引き受ける整備士。誰も愛を口にすることもなく、思いを感じとることで生きる。口にしない言葉は愛だけでない。潔く思いをのみ込んで親がためにと引き下がることや、思いを秘めて仕事に打ち込むこともある。

 父も執筆した町誌を「余禄」も含め読み直した。亡くなられた懐かしい方々の熱い郷土愛と未来へと飛翔(ひしょう)せんがための情熱を行間の隅々までに感じた。事務局長の言葉を借りれば「一くせあるいわゆるサムライ」が思いの丈を書いた町誌だ。

 1966年から始まった町誌編さん事業。不思議なもので、地元高校を推す父に松江の高校を望み反発した年だ。最後は私の可能性に譲った。気にはなったが、折れた思いを聞くことはなかった。読み直して尋ねなくてよかったと思う。歴史を捉えた町創(づく)りを考えていたものに、あの葛藤や配慮を口にさせるのは残酷なものだ。思いも黙して語らぬことが最良の判断であるときもある。

(埼玉県在住、島根県奥出雲町出身・鬼灯)

2020年6月11日 無断転載禁止