月見草が残した人生訓

 「人間的成長なくして、技術的進歩なし」。選手、監督としてプロ野球界をけん引し、11日に84歳で亡くなった野村克也さんは数々の名言を残した。どれも味わい深く、心に染みる人生訓である▼「王や長嶋がヒマワリなら、俺はひっそりと日本海に咲く月見草」。南海(現ソフトバンク)時代の1975年、通算600本塁打を放った際のコメント。人気球団・巨人のスターに対抗するため、大きく報道してもらおうと1カ月前から考えていたという。まさに戦略家だ▼南海では監督も兼任したが、77年に解任された。当時42歳。「ボロボロになるまで生涯一捕手を貫く」と一兵卒としてロッテ、西武を渡り歩き、45歳まで現役を続けた。野球へのすさまじい情熱を感じる▼ヤクルトの監督時代は、俊足だった飯田哲也さんを捕手から外野手へコンバートするなど”野村再生工場”の異名を取った。その先駆けは先発完投が主流だった南海時代。阪神から移籍した江夏豊さんを「球界に革命を起こそう」と口説き、救援に配置転換した。適性を見抜く能力に加え、人心掌握術にも長けている▼「失敗と書いて『せいちょう(成長)』と読む」と述べ、選手たちに大切なのは失敗した後だと説き、「組織はリーダーの力量以上には伸びない」と自らや指導者たちを鼓舞した。球界に限らず、社会全般に生かせる人生訓。なるほどとうなずく管理職も多いだろう。(健)

2020年2月13日 無断転載禁止