野望と一極集中

 東京への一極集中が止まらない。この問題は、きれい事だけでなく、人間が抱く「野望」を踏まえて考える必要があるという。歴史学者で独特の日本人論でも知られる故・会田雄次さんが昔、指摘していた▼会田さんが例に挙げたのが茶人の千利休。茶の湯を楽しむだけなら、仲間がいる堺で十分なのに、豊臣秀吉に仕えたのは何らかの「野望」があったからだと推理。天下人に身をかがめて茶室の狭い「にじり口」をくぐらせたかったのかも、と半ば笑い話にした▼身の程知らずなのかどうかは別に、例えば役人になる場合も、偉くなろうと思ったら東京を目指す。民間でも都心の大会社に勤め、きれいな格好で通うことが幸せにつながってきた。今は薄れつつあるとはいえ、まだそう思う若者が10人に1人いても、合わせると大変な数になる▼会田さんによると、虚栄と野望が渦巻き、その実現世界であるからこそ大都会は魅力があるのだという。毎日がお祭りのような環境で、盛り場におしゃれをして出て行けば、さまざまなチャンスがあるように映るのだろう。たとえ可能性が0.1%以下でも▼地方がいくら背伸びをしても、東京が放つ「フェロモン」にはかなわない。かわいい子には旅をさせろとも言う。地方にできることは、野望が実現できないと自覚したときに再び迎え入れる環境整備だ。誰もが利休になれるわけではないのだから。(己)

2020年2月7日 無断転載禁止