松江を愛した写真家

 戦後を代表する写真家として活躍した奈良原一高さんが先月、88歳で亡くなった。早稲田大大学院在学中に開いた最初の個展「人間の土地」が写真界に衝撃を与えた。長崎県の端島(通称軍艦島)で石炭の採掘に従事した人々など、厳しい環境の中でたくましく生きる人間を捉え、新たな表現を切り開いた▼福岡出身で各地を転々とした奈良原さんにとって、松江は傷ついた心を癒やし、芸術に触れ、本格的な写真制作を始める舞台となった。太平洋戦争の少年時代、爆弾が落ちる中を逃げ延びた。父の転勤で松江高校に転入。戦禍のない穏やかな城下町で、まだ珍しかった音楽会に出掛け「文化的な薫りがする」と感動した▼砂丘や家族の作品で知られる境港市出身の写真家・植田正治さんの作品が写真雑誌に多く載る活躍に刺激を受けた。母と妹を撮った写真を高校の文化祭に出品。公の場で初の作品披露となった▼わずか1年の滞在ながら松江の記憶は鮮明だった。同市の宍道湖岸にできた島根県立美術館向けに作品収集の依頼を受けた際も快諾。1999年3月の開館時には祝いに駆け付けた▼「人間の土地」「王国」といった同館の収蔵品は、奈良原さん自らが焼き付けた貴重な作品だ。3月から6月にかけて同館で追悼展が開かれる。国際的にも高く評価され、穏やかな人柄で、慈しみをもって人間の営みを見つめ続けた世界の魅力に触れたい。(道)

2020年2月6日 無断転載禁止