古代山陰中心説

 「古代日本の中心地は山陰地方だった」と唱える境港市の古代史研究家・田中文也氏が先日、鳥取市内で講演した。(1)古代中国の徐福が稲佐の浜(出雲市)にたどり着き、山陰を拠点に稲作などを広めた(2)天孫降臨の地は鳥取県中部-などと持論を展開した。徐福は秦の始皇帝時代、不老不死の薬を求め海を渡ったとされる▼「徐福の物語で中国人観光客を呼べる」「天孫降臨の地だとアピールする宮崎県に論争を仕掛ければ鳥取県の知名度が上がる」とも提案。その内容以上に興味深かったのが、主催者が鳥取商工会議所流通部会だったことだ▼個人的に抱く鳥取経済界の閉鎖的な印象が変わりかけたが、質疑応答で少しがっかりした。中国人の徐福と古代山陰人がどう意思疎通を図ったかなどあら探しのような質問が相次いだからだ。どの程度認められている説なのかと聞く人もいた。良く言えば堅実、悪く言えば権威主義的とされる鳥取人気質を見た思い。「素晴らしい説。生かしたい」と柔軟に受け止める人が1人いたのが救いだ▼真偽が重要な研究者と経済人は違うはずだ。可能性を確かめる慎重さは必要だが、山陰のPRにどう生かし、地元のビジネスに役立てるヒントにするかという「攻め」の発想で聞いても良かったのではないか▼「まんが王国」「蟹(かに)取県」と同様に古代山陰中心説の存在を売り込み、商機に結び付ける方が有益だと思う。(志)

2019年11月26日 無断転載禁止