火の鳥と尊厳死

 手塚治虫作のSF長編漫画「火の鳥」は、生命の死と再生をテーマに、宗教から科学までジャンルを横断しながら、時空をまたぐ壮大な作品として死生観にも突き刺さる。その死生観に「死ねなくなる苦しみ」のメッセージを、益田市で医院を開業する松本祐二医師は読み取る▼そのメッセージを医療に当てはめれば、本人の意思に反して延命治療を続けることだという松本医師は、尊厳死を提唱している。松江市で開かれた公開講演会で取材する機会があった▼「枯れるような自然な死は苦しくない。死が近づくと、エンドルフィンという麻薬のような脳内物質が出て苦痛をなくす」。治る見込みがないのに点滴や酸素吸入など延命治療を施すと、体が元気だと錯覚し、苦痛を感じやすくなるという▼身体は死のうとしているのに、感覚だけが生きようとする「相克」から生まれる苦痛。しかし錯覚による「仮の元気」であっても、できるだけ永らえる努力を尽くすのが医師の務めではないのか。そんな倫理観とせめぎ合いながら、尊厳死法を制定する運動を進めている▼本人の意思に応じて寿命を人為的に縮める医療行為を伴う安楽死に対し、尊厳死は治療から緩やかに撤退する。尊厳死を望み、息を引き取ろうとする人の手をそっと握ると、かすかに握り返すような反応があるという。不死身の血を与える火の鳥なら、どう解釈するだろうか。(前)

2019年11月3日 無断転載禁止