世事抄録 出会いと別れの盆踊り

 親が亡くなって十余年。盆には帰省し、墓掃除と仏壇を飾り、お寺さんを迎える。最近は横着になり、牛馬や団子作りはやめ、提灯(ちょうちん)も減らした。仏さんの食事も店で買い、ごみを出さない。簡素化すると墓参りにもゆとりがなくなる。混んでいる盆に帰ることもないと思えば、永代供養も理解できる。こんな気持ちから田舎が遠のき、縁が切れるのだろう。

 15日、駅前の小学校の校庭で盆踊りが開かれる。輪になって舞う町民や帰省客。その周りに、帰省した孫の手を引く祖父母がいて、赤ん坊を抱く若夫婦がいる。変化した家族のお披露目であり、同級生や知人との再会の場だ。いろんな世代の出会いが混在し、盆という横糸で織りなされる。踊りの輪はやがて砕けて帰路につき、先祖を送る。盆だから分かっている、出会いには別れがあると。そして別れには形を変えた再会があると。祖先を偲(しの)ぶ心が、ここでの出会いを優しい気持ちにするのだろう。

 盆に帰郷し、仏様を迎えるのは、会場で垣間見る出会いと別れに共感し、同化する準備かもしれない。「久しぶり」と知人に声をかけられ「老けたな」と同級生に飲みに誘われる。ここには、この世にいない両親の話題と同じように半世紀前に町を出た私の居場所がある。そして彼らは言う、来年も帰ってこいよ。盆には、あの世と現世の時空がなくなるように、こことあそこの距離もなくなる。(埼玉県在住、島根県奥出雲町出身・鬼灯)

2019年8月1日 無断転載禁止