令和のにぎわい願い込め 万葉公園歌碑に名前刻む

稲岡耕二氏の名前が新たに刻まれた歌碑を確認する鉄野昌弘教授(右)と品田悦一教授
 万葉歌人・柿本人麻呂研究の第一人者、稲岡耕二・東京大名誉教授(90)の県立万葉公園人麻呂展望広場(益田市高津町)にある自筆の歌碑に、新たに稲岡氏の名前が刻まれた。稲岡氏の卒寿を記念して門下生の同大教授たちが企画した。門下生2人が27日、展望広場を訪れて、刻まれた師の名前を確認した。

 歌碑は2000年5月、万葉の歌に出る花が楽しめる花壇などがある「まほろばの園」増設を記念し、益田市が稲岡氏に人麻呂の歌の揮毫(きごう)を依頼した。同市匹見町産の花こう岩製で縦1メートル、横1・5メートル、奥行き0・8メートルで、後に人麻呂展望広場へ移された。

 人麻呂が石見から都に上る時、別れてきた妻への思いを詠んだ歌「小竹(ささ)の葉はみ山も清(さや)に乱るとも吾(われ)は妹(いも)思ふ別れきぬれば」が刻まれている。

 稲岡氏の自名刻印を提案したのは、万葉集研究を専門とする同大文学部の鉄野昌弘教授(60)。7年前に同公園を訪れ、師の歌碑を初めて知り、「いつか先生の名前を刻みたいと考えていた」という。

 稲岡氏が今年4月に卒寿を迎えることから、門下生の研究者約10人でつくる「上代文学研究会」で話し合い、刻印を計画。稲岡氏の許諾を得て、稲岡氏が手紙に書いた自名の文字を基に、研究会が益田市内の業者に依頼した。

 この日は鉄野教授と、研究会メンバーの同大大学院の品田悦一教授(60)が同公園を訪れ、野村茂浩所長(58)の案内で石碑に刻まれた師の名前を確かめた。

 鉄野教授は「令和の典拠になった万葉集から、柿本人麻呂に注目が集まっている。多くの人に公園を訪れてもらい、稲岡先生の石碑を見てほしい」と望んだ。

2019年5月28日 無断転載禁止

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