ペンと乳・父編(43) 子どもとの休日

「力技」で父親の存在誇示

 休日はできるだけ家族と過ごす。驚くほど早く成長する子の一挙手一投足を、この目に焼き付けておきたいのだ。

 「と~ちゃんおっきて~」。子のこんな呼び掛けで休日は始まる。べランダでは、子がシャボン玉の容器を指して「ちゃぼだまち~た~、やえ~ま~でち~た♪」と歌いだす。シャボン玉を作ってやるまで熱唱は続くのだ。

 子と2人で公園に向かうと、ブランコを目にするなり「あぁ↑、あぁ↓」と繰り返す。ブランコに揺られる感覚を表現しながら立ち寄るよう求める。持ち合わせている材料を駆使して気持ちを伝えようとしているのだなぁと感心する。

 一通り遊ぶと、突然静かになりポツリ。「たあ(かあ)ちゃん…」。大変だ。母で頭がいっぱいになったもようで、悲しみが怒りに変わる前に足早に帰宅する。最近はイヤイヤ期も重なり、子の着替えや食事のサポートは、接する時間の少ない父親にとって関与が難しい。食事を与えようとすると「父ちゃん(ではない)! たあちゃん(がいい)!」と怒りだす。父の存在を誇示できるのは、子を高く持ち上げ飛行機ポーズをさせたり、逆さにしたりする「力技」程度だ。

 自分なりに休日を頑張り、子とお近づきになっても再び平日がやって来て距離が生まれる…。この繰り返しだ。

 家族が寝静まり、1人で晩酌をしながら、自身も少しは変わったと思う。子育てなど生活関連のニュースや行政施策は、無意識に目が行くし、子どもが巻き込まれる交通事故や事件は、本当にやるせない気持ちになる。

 人生観も時間軸が延び、自分の命が尽きれば終わりだとは一層思えなくなった。家族や家の将来だけではない、子が生きるこれからの社会や古里は将来も無事だろうか-。そして自分が生きている間に何ができるか自問する。

 そんな気持ちにさせてくれる子に、ありがとうと言いたくなるのだ。

2019年5月18日 無断転載禁止