世事抄録 「姓が途絶える」

 最近、家督を代々受け継いでいくことの意味に思いを巡らすことが多い。私は三男だが実家を継いでいる。しかし、わが家は娘が2人で、自然の流れで他家に嫁いで別姓になっていく。既に長女は嫁ぎ別姓となり、次女も来春には結婚することになった。8代続いたわが家の姓がこれで途絶えてしまうことになる。

 わが子が娘2人になった時、こんな日が来ることをおぼろげに感じていたが、いよいよ現実になってきたからだろうか。これまで2人には好きな人と結婚すれば良い、自分で決めなさいと言ってきたし、今でもその思いに変わりはない。だのに今、漠然と本当にこれで良いのかという迷いが生じてきた。自らも最近ふつふつとわいてきたこのはっきりしない思いに困惑していた。

 家やお墓の維持管理は誰がやってくれるのか、すべて物が荒れ果てていってしまうのか、そして長らく住んできたこの地域からわが家の存在が消えてしまう。いろいろ想像しながら何となく寂しい思いと、本当にそうなって良いのかという自責の念が生じたということかもしれない。

 しかし、やっと自分が生きているうちにどうするか方針を決めて、迷惑をかけないようにしなくてはならないと思えるようになった。途絶えても良しという判断をしたなら、自分で後始末をしなくてはならない。しっかりしなくては。

 (雲南市・マツエもん)

2019年4月18日 無断転載禁止