世事抄録 昔話の効用

 ある著名な社会学者の次のような言を、ネット上で見かけた。いわく、未来で評価される人が若者、現在で評価されるのが大人、過去で評価されるのが老人だ、と。これは、全くその通りだと思う。

 そして、そのすぐ後に別の若い社会学者が次のように続けていた。いわく、「老い」とは昔話ばかりをすることなのだと思う、と。こちらはなかなか手厳しいが、これも認めるのにやぶさかではない。

 ただ、この文章の趣旨は、老人や昔話の弊害を主張するのが目的ではなく、次のような意見も述べている。いわく、昔話は悪いことばかりではなく、未来を考える補助線として有用なのだ、と。またいわく、実年齢とその人が精神的に老いているかは全くの別の問題だ、とも。

 以上の意見は、60年以上生きてきた小生にとっては、どれも痛いほど了解できる。特に後半部分は、これまで経験してきたことを「昔話」であれ、「思い出」であれ、未来時間を豊富に持つ若者に向けて一つでも多く発信することが、未来よりも過去のほうが多くなってしまったわれわれ老人にしかできない能力であり、与えられた責務なのかな、と思うようになった。

 だから、これからは遠慮せず、未来のための「補助線」としての「昔話」を、大いに語り残そうと思う。

 皆さんはどう思われますかな。

(島根県津和野町・柊)

2019年2月7日 無断転載禁止