出雲市立北陽小学校5年1組 鹿島神社「式包丁」をPR

厳かに「式包丁」神事を行う玉造調理師会の会員たち=出雲市武志町、鹿島神社
 出雲市立北陽小学校(同市稲岡町)5年1組の私たちは、北陽の町がもっとにぎわってほしいと思っています。総合的な学習の時間に、地域(ちいき)のすばらしいところをたくさん見つける中で、校区内の武志(たけし)町にある鹿島神社の「式包丁(しきぼうちょう)」という神事に出合いました。さらにくわしく調べると、この神事があまりよく知られていないことが分かり、もっとたくさんの人に知ってもらおうと、私たちはPR活動に取り組むことにしました。みんなで話し合い、「式包丁」神事を新聞で紹介することで、山陰の人にもこの神事のことを知ってもらえると思いました。今年の神事は10月26日(土)に行われます。少しでも興味を持たれたら、ぜひ見に来てください。(井戸琥太郎、新宮継葉、曽田悠貴、福島和)

 学級紹介 北陽小学校5年1組は、男子17人、女子16人、計33人の明るく楽しく、男女仲良しのクラスです。一つの課題に向かって、一生けん命にみんなで取り組むことができます。ふざけることもたまにはあるけど、みんなメリハリがあり、日本一のクラスを目指しています。


「式包丁」神事でさばかれたスズキを見る児童
たくさん見に来て
 出雲市武志町の鹿島神社で昨年10月26日、「式包丁(しきぼうちょう)」神事が奉納(ほうのう)された。「式包丁」とは、包丁とはしだけを使って魚や肉をさばく行事で、全国的には今から1200年以上前の平安時代に始まったと言われている。鹿島神社では、同社に祭られている料理の神様・櫛八玉命(くしやたまのみこと)にちなみ、2016年から毎年秋の例大祭に行われている。

 烏帽子(えぼし)をかぶり、色がちがうはかまを着た、玉造(たまづくり)調理師会の会員3人が、魚をさばく人、包丁とはしを持ってきたり片付けたりする人、盛(も)り付けたものをお供(そな)えする人というふうに、役割を分担(ぶんたん)して行う。

 昨年は宮司(ぐうじ)さん、調理師さん、氏子(うじこ)さんなど約30人が参加した。今回さばかれたのは魚のスズキだった。きれいにさばかれたスズキは盛り付けられ、祭神の櫛八玉命に供えられた。

 最後まで緊張(きんちょう)した表情で神事をとり行った玉造調理師会の会員さんたちは「作法を守ることに気をつけ、見に来た人の心に残るようにさばいた」と話していた。(中祖結花、勝部圭太、岡田憲伸、鈴木碧、安部柚輝、知野見心翔)

「式包丁」で使用される包丁(左)とはし(右)
 メモ

 神事に使われる包丁は1本約100万円もすると言われ、刀と同じようにできている。はしも30万円と、どちらも値段が高く、かなり高価なものである。調理師さんが着ているはかまはそでにしぼりが付いていて、動作のじゃまにならないようになっている。





手を使わず、包丁とはしを巧みに使ってスズキをさばく「式包丁」神事
玉造調理師会インタビュー

 本番に備え毎晩練習

 ぼくたちは、玉造調理師会の会員さんに直接インタビューをしました。

 -服はじゃまにならないんですか。

 そでにしぼりがあるので、じゃまにならないです。

 -練習をしないといけないと思いますが、どれぐらいやっているのですか。

 毎晩(まいばん)しています。

 -どんな思いで本番をむかえましたか。

 気持ちをこめて、思いをこめて本番をむかえました。

 会員さんによれば、結婚式のイベントなどでも式包丁を行うことがあるそうです

「式包丁」の役割分担を表す看板
 -今年さばく魚は何?

 今年の「式包丁」では、どんな魚をさばくのでしょうか?

 式包丁では、手を使わずに、はしと包丁だけでいろいろな魚や鳥をさばきます。さばくものによって、さばき方がちがいます。

 今年来て見てほしいところ、さばくところと、さばいた時の迫力(はくりょく)、さばく前と途中(とちゅう)に発する独特な音です。注目しながら見てください。(周藤那月、田中健斗、矢野唯斗)




「式包丁」神事を行った玉造調理師会メンバー
「国ゆずり」神話

 『古事記』によると、天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、高天原(たかまがはら)から地上の日向国(ひゅうがのくに)(今の宮崎県)高千穂峰(たかちほほう)に降(お)りて来る前に、地上国を支配する権利をゆずるよう求める使者3人が、高天原から大国主命(おおくにぬしのみこと)のもとに派遣(はけん)される。

 第一の使者・天穂日神(あめのほひのかみ)は大国主命と親しくなってしまって命(めい)を伝えず、第二の使者・天若日子(あめのわかひこ)も同様に命を伝えないどころか、その責任を問うために派遣されたキジを弓矢で射殺(いころ)してしまったため、神の意による矢に当たって死ぬ。

 最後の使者・建御雷神(たけみかづちのかみ)(武甕槌命(たけみかづちのみこと))に対し、大国主命にどう返答するか相談された、子である事代主神(ことしろぬしのかみ)は国をゆずるべきだと答える。これに反対する弟の建御名方神(たけみなかたのかみ)は、建御雷神に力比べを挑(いど)むが、敗れて信濃(しなの)(今の長野県)の諏訪湖(すわこ)に逃(に)げて、最後には降伏(こうふく)する。

 国をゆずる代わりに、大国主命は出雲の多芸志(たぎし)(今の武志町)の小浜に社を建ててもらい、祭られるという話である。

 「料理の神様」って?

 鹿島神社に祭られる櫛八玉命(くしやたまのみこと)は、「国ゆずり」の後、大国主命の料理人になり、料理を作ったり、お出ししたりした神で、食器を作ることもあった、という。(杉本桃花、和田結愛、江角菜那、宇田智美)


秋の例大祭で「式包丁」神事が行われる鹿島神社=出雲市武志町
神様4柱祭る 鹿島神社

 鹿島神社は、1580年(天正年間)ごろに建てられたと伝わり、最近では2016(平成28)年の遷宮(せんぐう)で建てかえられた。

 同社には4柱の神様が祭られている。まず武甕槌命(たけみかづちのみこと)(主祭神)と経津主命(ふつぬしのみこと)は、国家鎮護(ちんご)・武運長久・災禍(さいか)消除の神様で、武芸やスポーツの上達、受験や人生等の勝利、地震(じしん)や雷(かみなり)除(よ)けなどにご利益(りやく)があるという。

 3柱目の天鳥船命(あまのとりふねのみこと)は船の神で、「国ゆずり」の際は主人の武甕槌命を乗せて因幡(いなば)(今の鳥取県東部)の浜へ行った。交通安全、海上安全にご利益があるという。

 4柱目は櫛八玉命(くしやたまのみこと)。国ゆずりの後、大国主命(おおくにぬしのみこと)のために料理や陶器(とうき)を作ったりしたことから、料理人や陶工の祖神とされている。

 同社では10月26日の秋季例大祭のほかに、1月1日の歳旦(さいたん)祭、2月3日の節分祭、7月26日の例祭、12月初旬(しょじゅん)の新嘗(にいなめ)祭、荒神祭などがある。

 一方、櫛八玉命を祭った膳夫(かしわで)神社は、元は出雲市武志町を流れる斐伊(ひい)川の中州(なかす)にあったが、水害を受けることが多く、明治44(1911)年に近くの鹿島神社へ合祀(ごうし)された。今は斐伊川河川敷(かせんじき)公園内に神社蹟(あと)を示す石碑(せきひ)が立っている。地元ではこの地を「板御前原(いたごぜんばら)」とよんで親しんでいる。(佐藤千人、安達惺成、横木滉大、土江ミカ、原百花)


鹿島神社の小汀泰之宮司
鹿島神社宮司・小汀泰之さんに聞く

 地域を盛り上げたい

  めずらしい神事広める

 昨年5月21日、私たちは鹿島神社に行って、宮司(ぐうじ)の小汀(おばま)泰之(やすゆき)さん(66)からお話を聞いた。

 鹿島神社や神話などについてたくさんのお話を聞く中で、一番印象に残ったのが宮司の小汀さんの「式包丁」神事にかける思いや願いだった。小汀さんは神事を伝統行事として地域(ちいき)に根付かせ、地域を盛(も)り上げたいという願いを熱っぽく語られた。

 「式包丁」神事は2016年から始まり、今年で4年目になる。この神事を始めたきっかけは、『古事記』の「国ゆずり」神話にも登場する料理の神様・櫛八玉命(くしやたまのみこと)を祭っている、この鹿島神社で全国でもめずらしい神事を行い、さらにたくさんの人に来てもらいたい、それが地域を盛り上げることにつながる、と思ったからだそうだ。

 私たちも地域の一員として宮司さんの思いや願いを受け止め、いっしょになってこの北陽地域を盛り上げていきたいと思った。(福島拓夢、直良胡花、栗原明日香、岩本夏姫、原香佳、内田ヒカルエース)


見学者にインタビューする北陽小児童
見学者インタビュー

 奥深い儀式 続いてほしい

 私たちは、「式包丁(しきぼうちょう)」を見学したお客さんたちにインタビューしてみた。聞いてみたのは「なぜ見に来たのか」と「神事を知ったきっかけ」だ。

 まず「なぜ見に来たのか」と聞くと、「お参りのついでに来た」という人が一番多かった。私たちが作った「ポスターを見て来た」という人もいた。

 次に、「この神事を知ったきっかけは何か」と聞くと、「昨年見に来ていて、今年も見たいと思ったから」が多かった。また、「同じ会社の人が料理人として出ると知ったから」と答えた人もいた。

 最後に、「見てどう思ったか」感想を聞くと、やはりみなさんが「今後も続いてほしい」と言っていた。「奥深い儀式(ぎしき)で、手を使わずにやっている難しさが伝わってくる」「たくさん練習しておられることがよく分かった」と答える人もいた。

 このように、鹿島神社の「式包丁」という儀式は、お客さんたちにとっても大事な行事の一つなので、私たちも今後もずっと続いてほしいと思った。(矢田泉実、吉田仁香、園山大智、三島瑞己、三浦莉空)


編集後記
 私たち北陽小5年1組は、新聞作りを通していろいろなことを学びました。この新聞を作ることができたのは、「式包丁(しきぼうちょう)」の儀式(ぎしき)に参加させてくださった鹿島神社の宮司(ぐうじ)さん、地域(ちいき)の方々、新聞作りを手伝ってくださった山陰中央新報社NIE担当(たんとう)の方など、たくさんの方々のおかげです。一つの目標に向かって、みんなで取り組めたのが一番の学びでした。これからもこの活動を生かして、地域を盛(も)り上げていきたいです。(福島拓夢、内田ヒカルエース)

2019年1月24日 無断転載禁止

こども新聞