カミュの「不条理の哲学」/水木氏も信奉者のひとり

境港市観光協会会長 桝田知身

 50年以上前になろうか、ノーベル賞作家アルベール・カミュを愛読していたことがある。カミュには『シジフォスの神話』という哲学的評論があり、小説の代表作『異邦人』の不条理哲学の解体書になっている。

 山頂に持ち運ぶと、すぐに落ちてくる岩をまた持ち上げて運ぶという無益な労働の繰り返しを強いられたギリシャ神話のシジフォス。こういう不毛の繰り返しにほとんど意味はないが、そこから人生の無益、不条理を結論付けるのではなく、まさに意味がないからこそ人生は生きるに値する。そして「すべてよし」と判断する。

 それがカミュのいう「不条理の哲学」であり、その究極のモデルが死刑を宣告された『異邦人』の主人公・ムルソーというわけである。

 ところで、水木しげる先生の愛読書は、ゲーテの晩年8年間の言動を忠実に記録した『ゲーテとの対話』(エッカーマン作)であるということはよく知られている。

 その中でゲーテは言っている。

 「私は、いつも、みんなからことのほか幸運に恵まれた人間だとほめそやされてきた。しかし、実際は苦労と仕事ばかり、楽しいときなど1カ月もなかった。たえず石を、繰り返し押し上げようとしながら、永遠に石を転がしていたようなものだった」

 まさか、ゲーテが「不条理哲学」の信奉者だったとは! そして、ゲーテを介して、水木しげる先生も「不条理哲学」に連なる意識せざる信奉者のひとりだったとは!

 『妖怪と歩く-ドキュメント・水木しげる-』という境港出身のノンフィクション作家足立倫行さんの労作がある。水木しげるワールドの本質に迫る出色の作品であるが、水木先生は直接、足立さんに述懐したそうだ。

 「ゲーテのようにね、目の前の石を持ち上げるだけの愚かな真似(まね)はすまい、と思ったんです。最初はそうです。ところが実際には、石を持ち上げざるを得んのですよ。生活するためには」

 私は2代目の水木しげる記念館の館長を5年務め、その後も水木しげるロードの町おこしに深く関わってきた。50年前に愛読したことのあるカミュの“シジフォスの論考”が、ゲーテを経て水木先生につながってくるとは、これも何かの縁であろうか。

 …………………………

 ますだ・ともみ 1941年、広島県呉市生まれ。北海道大法学部卒。63年、日本通運に入社。95年から2002年まで系列会社の境港海陸運送社長。元境港商工会議所副会頭、元水木しげる記念館館長。04年5月から現職。

2018年12月16日 無断転載禁止