島根県の代表的彫刻家 内藤 伸(雲南市生まれ)

近代木彫りの黄金期築く

近代木彫りの黄金期を築いた彫刻家の内藤伸
 日展(にってん)などの有力な木(き)彫(ぼ)り作家として、わが国近代木彫りの黄(おう)金(ごん)期(き)を築(きず)いた島根県の代表的彫(ちょう)刻(こく)家(か)、内藤伸(ないとうしん)(1882~1967年)は、現在(げんざい)の雲南(うんなん)市吉(よし)田(だ)町の渡(わたな)部(べ)家に生まれました。

 1890(明治23)年、松(まつ)江(え)市の商(しょう)家(か)・内藤家の養(よう)子(し)になり、次(し)第(だい)に彫刻に興(きょう)味(み)を持ちます。

 1901(同34)年、現在の東京芸術(げいじゅつ)大学彫刻科に入学。卒業後の08(同41)年、文展(ぶんてん)(現在の日展)に初出品し、その後も同展などに次々に発表します。24(大正13)年には、日展の審(しん)査(さ)員(いん)になります。

 25(同14)年に「子(こ)安(やす)観(かん)音(のん)像(ぞう)」、26(同15)年には「上宮太子(じょうぐうたいし)」(聖徳太子(しょうとくたいし)のこと)、27(昭和2)年には「光明皇后(こうみょうこうごう)」(聖武天皇(しょうむてんのう)の皇后)など代表作を出品。「子安観音像」は現在、吉田町の吉田公園観音堂に安(あん)置(ち)してあります。

 吉田公園は昭和天皇の即(そく)位(い)を記念して28(同3)年、吉田町を見(み)下(お)ろす社日山(しゃにちやま)と草木の自然を生かして伸が設計(せっけい)。翌年(よくねん)に完成しました。春にはツツジがひときわ美しく咲(さ)き誇(ほこ)り、ツツジの名園として親しまれています。

子安観音祭の稚児行列で町内を練り歩く子どもたち=2016年5月3日、雲南市吉田町
 子安観音には子どもたちの健(すこ)やかな成長を願う伸の思いが込(こ)められており、毎年5月3日に子安観音祭を開催(かいさい)。かわいい稚(ち)児(ご)行(ぎょう)列(れつ)が、町内を吉田公園まで練(ね)り歩きます。

 29(同4)年には日本木彫会を設立(せつりつ)。作品に彩(さい)色を施(ほどこ)すなど創造(そうぞう)的、ロマンチックで格調(かくちょう)高い木彫りの技(ぎ)法(ほう)を工(く)夫(ふう)し、多くの後進(こうしん)を指(し)導(どう)。近代木彫りの振興(しんこう)と普(ふ)及(きゅう)に尽(つ)くしました。

 第2次世界大戦中の45(同20)年、吉田町に疎(そ)開(かい)。東京の自(じ)宅(たく)が戦災(せんさい)に遭(あ)って、作品や研究資(し)料(りょう)などを消失してしまいます。52(同27)年に動脈硬化症(どうみゃくこうかしょう)を発病(はつびょう)し、松江市に転居(てんきょ)。晩年(ばんねん)は地元で病気がちな体をおして制作(せいさく)に励(はげ)みました。

 58(同33)年には日展顧(こ)問(もん)や、松江市の名(めい)誉(よ)市民に選ばれます。67(同42)年、死去した際(さい)は松江市民葬(そう)が営(いとな)まれました。

 吉田町の鉄の歴史博物館には内藤伸記念室があり、伸の作品や愛用品などを多数展(てん)示(じ)しています。

2018年10月17日 無断転載禁止

こども新聞